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メールマガジン バックナンバー 第119号(2009.04.03)
2009.04.03(第119号)
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1.マスコミは国民のレベルを代表する(論長論短 No.86)
2.一橋大学米倉教授の連載コラム(第4回)
日本発の社会企業モデル:マイクロ・ファイナンス・インターナショナル
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■1.論長論短 No.86
マスコミは国民のレベルを代表する
宋 文洲
前回の私のメルマガに多くの方々から厳しいご意見をいただきました。1000文字で誤解を招かない文章を書くのは無理ですし、誤解を承知のうえ、論点を絞ったのも事実です。
先日、国会議員のパーティーに参加した後、ホテルを出ようとしたら、玄関で自民党の細田さんが若い人達に囲まれて何かを話していました。政治家を囲んで話を聞く若者達は偉いと思って近寄ると、「あっ、宋さん!」と先に細田さんに呼び止められました。
「野次馬達に捉まったんですか」と私が冗談を言いましたら、「いいえ、こちらは各社の政治記者達ですよ」と細田さん。
その瞬間、私はショックを受けました。まずその方々の若さでした。どうみても彼らの平均年齢は20代です。若者の起業精神を期待する私ですが、政治家を相手にする記者があんな若さで良いとは死んでも思えないのです。
次に彼らの質問の内容です。はっきりいって幼稚そのものです。「言えばいいじゃないですか」、「なぜそんなことをしないですか」など、実社会で少しでも苦労すればそんな質問してもしようがないとすぐ分かるはずです。
彼らはよい大学を出ているかもしれません。しかし、彼らは自分を持っていない上、世間や世界の試練を受けていないだけではなく、普通のサラリーマンの苦労さえしていないのです。そんな方々が政治家の担当記者で、新聞の紙面とテレビの画面を作っていると思うと自然とマスコミのレベルを察知できるのです。
全ての新聞と雑誌とテレビをよく観察してください。田原さん、関口さんのような独立した個人でマスコミに出ている人は殆どいなくなりました。全てはサラリーマンに替わりました。そのため、社説を除けば殆どの記事は作者の名前がついていないのです。そんな顔のない記事を読むほうが悪いと私は思います。
サラリーマンとして最も保護される立場で、最も安全な場所で、最も苦労の少ない業種に居る人達があれこれを流行り事のように扱うのです。そんな顔も思想も背景も知らせてくれないサラリーマン達の文字が大新聞、大テレビの名の下で売られているのですから、買ったほうに責任があると思いませんか。私が彼らを批判するのは簡単です。しかし、それは彼らを批判しながら彼らの記事や画面を見る人々、彼らの収入を支える人々と同じではないでしょうか。
経営コンサルタントをやってきた私はよく社員達に「うちの経営者をかえてください」と頼まれます。その都度私は怒ります。「それなら君が会社を辞めればいいのでは。そのほうが早いよ」と。はっきりいって私は口ばかりで行動を起こさない人々にイライラします。
話を戻しますが、なぜ日本テレビのバンキシャが岐阜県役所の不正を誤報したかというと、それは日本のマスコミに「役人は悪」という流行があるからです。
なぜそんな流行ができたかというと、日本の国民がそう思っているからです。
役人を叩けば視聴率が上がるので記者やマスコミの下請けがその主観に沿ってあれこれ探し出すのです。マスコミは多くの視聴者に期待される結論に合う事実を選んできたのです。事実を使った間違った結論はその影響力からみてミスや無能よりずっと重大だと思いませんか。(今回のバンキシャ事件はヤラセではないので)。
言っておきますが、これは近年日本のマスコミの特徴です。たまたま警察の飲酒運転がニュースになって視聴率が上がると、必ずしばらくあちらこちら警察の飲酒運転事件が発生するのです。ある自動車メーカーに品質問題が起きるとしばらくそのメーカーの故障だけが報道されるのです。
「報道は事実でなければならない」。それは当たり前のことです。さすがに口の悪い宋文洲でもそんなことを否定するはずがありません。しかし、問題の本質はマスコミのレベルとそれを支えている国民のレベルだと思います。
サラリーマンに徹底しているマスコミは独自な視点を持てず、大多数の民衆の望む方向にカメラとペンを集中させるのが良くないというならば、大手にしがみ付き、チャレンジと創業精神を失い、マスコミに同じ結論を求める国民はどうなんでしょうか。
宋 文洲はそんな空気が嫌なんです。世直しのつもりはありませんが、せめて自分のメルマガの読者に異なる刺激に触れていただきたいと思います。結論ではなく、刺激です。
(終わり)
今回の論長論短へのご意見はこちらへ↓
http://www.soubunshu.com/article/116535552.html
■2.一橋大学米倉教授の連載(第4回)
日本発の社会企業モデル:マイクロ・ファイナンス・インターナショナル
一橋大学イノベーション研究センター長・教授
米倉 誠一郎
今回は日本発の世界的社会企業「マイクロ・ファイナンス・インターナショナル」を創り上げた杤迫篤昌(とちさこ・あつまさ)さんの熱い話しをしよう。
杤迫さんが東京銀行時代の海外勤務で怒った事実とは、アメリカにおける南米出稼ぎ労働者が本国送金に当たって、法外な手数料を取られている事実だった。
ウェスタン・ユニオンなどの正規手数料も15%と割高だが、彼らの多くは不法滞在で銀行口座を開設することもできず、近くのタバコ屋や酒屋を通じた裏金融を使っている。そのため、一生懸命働いた200ドルを送金しても家族の手元に届くのは130ドル足らずという状態になっていたのである。
杤迫さんはこの事態をなんとかしようと、独自のIT技術とネットワークを使って3.5%の手数料で送金を可能とするシステムを創り上げ、ワシントンDCにマイクロ・ファイナンス・インターナショナルを立ち上げた。当然のことながら、このシステムは多くの労働者から熱い支持を受け、いまや多数の金融機関が加入するネットワークになり一大金融事業へと発展しているのである。
さらに、杤迫さんのシステムは単に出稼ぎ労働者にとって福音となっただけではない。世界経済全体にとって大きな影響力をもつシステムとなりつつある。
アメリカから南米各国への送金は年間約550億ドル(5〜6兆円)にものぼり、そのうちのわずか15%程度が正規の金融システムに乗っているだけだという。
逆に言えば、85%は闇金融を通じて送金されているということだ。これは犯罪の温床になるだけでなく、5兆円近くのお金がまったくの死に金になっているということになる。
もしそれだけの金額が正規の金融システムに乗っていれば、送受信の間に運用することが可能となり、再び貧しい人々に貸付けなどを行うことができる。死に金がマイクロ・ファイナンスとして蘇るのだ。もちろん、このシステムは日本やアジアでも応用可能だから、グローバルな展開も視野に入っている。
世界で最も権威のある社会企業家支援団体アショカ財団はこのシステム創造を高く評価して、杤迫さんを日本人として初めて財団のフェローに選んでいる。
日本人がこれだけの社会企業をアメリカで立ち上げ、多くの人々から感謝されているばかりか、経済的にも大きな貢献をしているというのは実に誇らしいではないか。
しかし、もっと嬉しく誇らしいのはこのシステムの立ち上げの原動力が、杤迫さんの実に人間らしい原体験に根ざしていることだ。そして、その原体験が、三菱東京UFJ銀行員として安定した地位と生活を投げ打っても、50歳にして杤迫さんを起業に向かわしめたのである。
いまから30年ほど前の26歳の時、彼は東京銀行新入社員としてメキシコに語学研修に派遣され、その時に親しくなったメキシコ人から夕食に招待された。その夕食後に、彼は一生後悔しても仕切れない言葉をその家族に発してしまったという。
貧しいがとても温かいもてなしを受けた帰りがけに、友人の息子が駆け寄ってきて、「お兄ちゃんまた来てね、今度いつ来てくれるの?」と何度も尋ねた。
「そうだね、でも何故だい?」
「だってお兄ちゃんが来てくれたんで、半年ぶりにお肉が食べられた」
「えー、お肉って出たっけ」
この最後の質問が杤迫さんの生涯の後悔となり、また原動力になったという。
夕食には豆料理とトウモロコシのパン、そしてうすい野菜スープが出たと彼は思っていた。しかし、そのうすいスープには小さな糸くずのような肉がわずかに浮いていたのである。
杤迫さんのように日本の銀行で十分な経験を積んで、50歳にして世界を相手に社会企業を立ち上げている人がいる。なんとも勇気が出る話ではないか。しかも、彼の立ち居振る舞いは決して気負ったところもなく、いかにも謙虚で穏やかである。ああ、こうして新しい資本主義は創られていくのだ。
(終わり)
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