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メールマガジン バックナンバー 第159号(2010.10.15)
2010.10.15(第159号)
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1.寛容は自分のためである(論長論短 No.126)
2.ソフトブレーンマネージメント・アドバイザー山元賢治 連載コラム
「ハイタッチ」(第4回)
基本の活躍の場である日本の素晴らしさ
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■1.論長論短 No.126
寛容は自分のためである
宋 文洲
近代中国にとって毛沢東が発動した文化大革命は最悪な時代でした。私の家族は資本家や地主であったため、酷く差別され、闘争大会では父親が二十歳そこそこの紅衛兵達によく殴られました。
毛沢東が死去しトウ小平が登場すると全てが普通どおりになり、出身の差異による差別が禁止されました。非に気付いた紅衛兵達はやっと我に返って普通の青年達に戻りました。
罪悪感からか、道を歩く父と出会うと、多くの元紅衛兵が父を避けるようになりました。これに気付いた父がむしろ早足で彼らに近付き、「もう過去のことだから気にしないでください」といって回りました。
その中には父の顔を殴った人もいれば、父の足を蹴った人もいました。その侮辱の現場を強引に私達家族に見せる人もいました。仕返ししたい気持ちがないわけではありませんが、さすがそれは理性の外のことなのでしませんが、せめて黙って良心の叱咤を受けてほしいと思います。
「あんたは鳥頭だね(忘れっぽいという意味)。殴られたのはつい最近のことではないか。仕返すようなことをしなくても、こちらから話すことはないじゃないの」。母の怒りは我達の気持ちを代弁してくれました。
父親は母の気持ちが少し平静になるのを待って言いました。「私は彼らのために彼らを許したわけではない。私のため、家族のためだ」と。「いいえ、僕は彼らも同じ目に遭わせてやりたい」と兄も言い出しました。すると父がある言葉で我々を黙らせた。「お前達は犬に噛まれたら犬を噛み返せるか」と。
「犬を噛み返せるか」。理不尽な目に遭って復讐したい時、この言葉はいつも私の耳元にありました。人を犬に例えるなんて日本的感覚でいうとあまりいい表現ではありません。どこか人をばかにしているような気がしますが、私達がこの言葉に説得されたのは事実です。
理不尽な顧客、乱暴な上司、嫌な同僚、嫌いな組織や国家・・・我々には嫌なものが必ずあります。必ず愛があることと同様に。「嫌だ」、「許せない」という感情を持つのは自由であり、持つことのない人は誰一人この世界に居ないはずです。
しかし、許せない気持ちを持つことの一番の被害者は自分であることは間違いありません。寛容であることの最大、そして最初の受益者は寛容になれる本人です。その瞬間から太陽が輝き、愛が心に宿り始めるのです。不思議なことに人を憎んでいないことは自然に動作や感情に滲み出し、人々を魅了する雰囲気を醸し出すのです。
不寛容の人はその表情を見ればわかります。どこかに歪みがあって美しくない何かを感じます。「大人は顔に責任を持て」という日本語もこのことではないかと最近よく思います。
「いい顔している」人をよく観察していると気付きますが、彼らの共通点は寛容であることです。そしていい顔している人には成功者と幸せ者が多いのです。相手の心が狭くても不寛容であっても、こちらが不寛容になる必要がありません。なぜならば、「人は犬を噛み返せない」からです。なぜならば、「寛容は人のためならず」だからです。
(終わり)
今回の論長論短へのご意見はこちらへ↓
http://www.soubunshu.com/article/165673623.html
宋のTwitterはこちら↓
http://twitter.com/sohbunshu
■2.ソフトブレーンマネージメント・アドバイザー山元賢治 連載コラム
「ハイタッチ」(第4回)
基本の活躍の場である日本の素晴らしさ
山元 賢治
世界で仕事をする機会が多くなればなるほど、世界の国々を訪れいろいろな人に巡り会えば会うほど、日本の、そして日本人の素晴らしさを知ることになると思います。もちろんそれぞれの国にも素晴らしい面や人があり、勉強させられることもたくさんあります。逆に日本や日本人の弱点や欠点に関して気づくことも多いです。しかし日本で育った私たちには日本のありがたみや素晴らしさを感じる機会の方がずっと多いと感じてきました。
こんな素晴らしい国で生まれ、その素晴らしさを継承していく責任があるのではと深く考えるようになりました。例えば、外資系企業に勤め世界の素晴らしい製品やサービスを日本に、もしくは日本人に紹介し販売して行くことも大切な仕事ですが、同時にその企業内で日本の素晴らしさや大切さを本国の人間にも理解させるよう努力することも、さらに大切な仕事だと思います。
人の優しさ、気配り。こんなに安心して暮らせる所はないのではないでしょうか。この素晴らしさは、一言では表現しにくい心の深い部分につながっているように感じます。近年はその良さがどんどん失われつつあるとしても、現在でも人と人の信頼できる関係というのは世界でも最高のレベルであることは間違いないと思います。周りの人を信頼できるという単純に見えることがどれほど素晴らしいことなのかを語り継いで行く責任とやりがいが若い世代にもあると思います。
「自分さえ良ければいい」という風潮は、他の大国に行くと当たり前のことのように感じられることが多いです。日本も昔と比べて変わった、個人主義的になったと言われることはありますが、今でもいろいろな国々と比較すると、会社や地域、グループ、チームの全体最適のために他人の意見や主張を尊重する心が驚くほどあると思います。これは簡単なことではありません、長い歴史を含めて醸成された国としての文化、風土みたいなものだと思います。
食べ物や製品、あらゆるものへの品質に対するこだわり、設定目標値の高さは他国と比較にならないほど優れています。例えばコンピュータソフトウェアの完成度に関しては、他国では製品レベルでも日本では出荷前のテストレベルとしてしか認められないというような事例は数えきれないほど体験してきました。
「もったいない」という言葉が世界的に紹介されたりしましたが、もともと物を大切にしようという精神的なベースそのものが段違いに高いです。米国などの会議で食べ切れないほどのパンや菓子などが会議室用に準備され、残ったら平気で大量に廃棄しているようなシーンを目の当たりにしてきました。これは他国の悪口ではなく、根本的な考え方が違うということです。こんなに素晴らしい日本を守り、育てていきたいと思いませんか。
(続く)
<山元からのお知らせ>
山元の新書「ハイタッチ」がついに発売開始となりました。
日本の若者にエールを送る内容です。是非ご注目ください!
http://www.amazon.co.jp/dp/4532316529
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