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メールマガジン バックナンバー 第19号(2005.3.22)

2005.3.22(第19号)

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1.ベネッセ森本昌義社長、CSと成果主義を教えてください(2)
2.宋文洲の日本の長所・短所(連載5)
3.メールマガジン18号に対する「反響・反論・反省」
4.「主観がないと客観的にならない」(一橋大学教授 米倉 誠一郎 氏)

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■1.ベネッセ森本昌義社長、CSと成果主義を教えてください(2)
(フィナンシャルジャパン2月号より)

「商品力」と「顧客」との対話が基本

(森本) 具体的なビジネス展開では、第一に全社的な商品力の向上と営業力の強化を課題にしました。進研ゼミの会員数が大幅に減った理由は2つあって、まずは商品力、その次に営業力が足りなかったことです。

(宋) 商品力そのものも落ちていたと。

(森本) 標準的な商品とサービスを一律で提供していたんですから。

(宋) 事業が硬直化していたということですね。

(森本) 複数ある教科書の内容に合わせていたものの、成績が中クラスの標準的な生徒が「学校の授業をきちんと理解できるように」という考え方で教材をつくり、北海道から沖縄まで、個々の生徒の成績や学習意欲に関係なく一律に提供していた。
ところが、文部省の「ゆとり教育」の影響で、「学校の勉強だけでは、良い高校、良い大学に行けないんじゃないか」と不安に思い、「もっと勉強しなくては」と考える保護者の方や生徒が増えた。一方では、大学全入時代を迎え、勉強をあまりしない層も増え、学力の二極化が進んだ。
つまり標準層という大きな固まりがどんどん文化して、「もっと勉強したい」ないしは「別に勉強しなくてもいい」という具合に、お客様のニーズが多様化してきた。でも当社には、それに対応できる商品がなかったんです。一種類ですから。英語なら「ワンサイズ・フィッツ・オール」です。

(宋) 牛と馬を同じように走らせていたんですね(笑)。

(森本) うまくいくはずがない(笑)。

(宋) 営業改革のポイントは、まず商品そのものにあるというわけですね。

(森本) まず商品力をつけること。良い商品をつくった上で、いかにお客さまと直接コミュニケートするかというのが営業の根本だと。

(宋) 日本企業には「売れない商品を売るのが営業」という考えが根強くありますが、これは大きな間違いですよね。

(森本) 間違いです。商品力の向上と営業力の強化のベクトルがイコールでないと、顧客満足も得られませんからね。だから主幹商品の「進研ゼミ」については、DM以外の営業手法の開発を打ち出しました。次いで顧客セグメント。僕が入るまでは当社では「顧客セグメンテーション」についての認識が足りなかったんです(笑)。だから、「顧客セグメントごとのニーズにきめ細やかに対応する商品・サービスとDM以外のマーケティング手法を開発して、進研ゼミを深化させましょう」と言ったんです。

(宋) 今までの営業の手法、商品力では通用しないという危機感を強力に打ち出したわけですね。

(森本) 同時に、新たな企業文化を育むことにも力を注ぎました。僕は、会社が存続する上で重要なものは企業文化だと思うんです。危機に際しては、強い企業文化を持つ企業が生き残る。

(宋) いい習慣づくりですね。それは社員の意識改革にも通じることですよ。

顧客満足は「経営の競争力」を図る尺度

(宋) 実際、ソニーとベネッセでは社員の意識はかなり違いましたか。

(森本) 長く存続してきた会社では、「昔からやってきたことだから」という社内常識があって、それが世間の常識から乖離していることがよくあります。ベネッセは通信教育のトップ企業で、ほかに目立った競争相手もなく、いつのまにか、自分たちだけの価値観ができてしまっていた面があった。だからそれを変革するために「経営方針」の中に挙げた「新しく育みたい社風」の16項目あるうちの1項目目に、あえて「日本社会を知る。社会通念やビジネスの常識を知る」と書いたんです。そういう勉強も日頃からせよということですね。

(宋) それは大事なことですよ。営業活動では、お客さまを知ることが一番目のポイントですから。それが長く同じ仕事を続けているとわからなくなるか、忘れてしまう。

(森本) より具体的には、「顧客になってくれない人々のニーズを顧客満足のスタートにしよう」と提案しました。たとえば進研ゼミがいくらシェアが高くても、せいぜい20%ですよ。それなら、なぜ残りの80%の人は買ってくれないのかをチェックすべきです。今の顧客のニーズを満足させるだけでは、ジリ貧になる。

(宋) イトーヨーカ堂の鈴木敏文会長の話ですが、「POSデータで売れた商品がわかるよりも、うちで扱っていない、他の店で売れている商品を知ることのほうが重要だ」と。

(森本) まったく、そのとおりです。そのためには過去の経緯や成功体験、義理人情にとらわれず、「ゼロベース」で考える必要があります。

(宋) 義理・人情・プレゼントが営業のポイントの「GNP営業」なんて悲しいですよね。生保業界で有名な営業手法ですが、人間としての付き合いが要らないわけじゃないけれど、それが営業の真実だと思っている古いタイプの営業マンもいまだに多いです。

(森本) うちにも、まだ残ってはいます。進研模擬試験は学校を通じて売っていますが、「お客さまとのつながりが大切だ」と夜討ち朝駆けで一杯飲んでは「これが営業だ」と思っている。本来は違うんですが、あまりこれを言うと反発される(笑)。

(宋) でも、「ゼロベースで考える」と言うのは簡単ですが、そうさせるのは大変です。

(森本) 僕が最初に「ゼロベース」と言ったとき、その意味をわからない社員も多かった。そこで、「今からこの事業をやるとしたら、同じやり方でやりますか」と問いかけたんです。2〜3回質問すると、「いえ、それよりも広告はこういう感じで出して、商品をもうちょっと何とかしたい」と答えるので、「じゃあ、それを今からやろうよ」と言えばいいのです。時代によって営業の方法も変わらないとダメですよね。

(宋) 逆証明ですね。数学では、正当な手法で正面から証明できない場合、「選択肢が3つしかなくて2つダメだったら、残っている1つしか正解はない」というふうになるんです。証明できない場合は逆証明すればいい。

(続く)


■2.宋文洲の日本の長所・短所(連載5)
宋 文洲
(財界2005/3/8号より)

好きになる理由

日中関係があまり良くない今、日本好きな私を、不思議がる人さえいる。「宋さんは、どうして日本が好きですか」と、よく聞かれるのだが、いつも答えに困ってしまう。「なぜ彼女を好きか」、「なぜ彼氏を好きか」と聞かれても、すぐ答えられないのと同じ心境である。

しかし、よく考えてみると、私が日本を好きになったのは、間違いなく日本の友人と知人のお陰である。私が日本の友人と知人を好きなのは、一方的なものではなく、彼らも私を好きになり、大事にしてくれたからこそである。

好きとはどちらか一方的なものではなく、ほぼ同時に起きていることである。また、残念ながら、嫌悪という感情も同じ性質を持っている。

だから、相手に嫌われる時は、自分にも何らかの原因が必ずある、と私は思う。その原因は、自分ではどうしようもないことかもしれない。でも、相手にとっては、それが自分に付随しているものだから仕方がない。

中国人だから、日本人だから、ということで、知らない人に嫌われることもあるだろう。それとは逆に、中国人だから、日本人だから、時として好かれることも、歓迎されることもある。そういう意味では、バランスが取れているといえる。

ある日、タクシーに乗って行き先を伝えると、「あんた、支那人?」と運転手さんに聞かれた。日本では、「支那」が中国への蔑視用語だと知ったのは、最近のことである。だから、運転手の無礼な質問に「そうか、中国人に悪い感情をもっているのかぁ」と気付くのがせいぜいで、怒るほどの問題ではなかった。

「はい。そうです」と私は調子を変えずに答えた。その後、車中にはしばらくの間、静寂が続いた。「支那人と呼ばれても平気ですか」。静寂を破ったのは、運転手さんだった。「だってあなたが支那人と呼びたいんじゃないの。呼びたいように呼ぶといいよ」と私は答えた。彼は「だって、石原さんが・・・」と話を続けたい様子であった。しかしその時、私の携帯が鳴り、話はそのまま終わった。

私が運転手さんの「非友好的な」態度に平気だった理由は、好きな日本人がたくさんいるからである。こんな単純な理由なのだ。

歴史への解釈に納得したからでもなく、政治家の振る舞いに賛成したからでもない。私は日本の右翼も気にならない。右翼はどこの国にもいる。彼らにも発言の権利がある。右翼のいない国は、むしろ不自然で怖いと思う。

私は日本の友人と知人のおかげで、日本を好きになった。私が日本を好きになればなるほど、私を好きな日本人も増えるはずである。私の好きな人達が、少しでも中国を好きになってくれれば、私は幸せである。

(編集部)


■3.メールマガジン18号に対する「反響・反論・反省」

いつもたくさんの貴重なご意見、ご感想ありがとうございます。
今回も「宋文洲の日本の長所・短所」へのご意見を紹介させていただきたいと思います。
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(1)ペンネーム神近信人(かみちかのぶと)様から宋へのメールです。
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何時も、有意義なメールマガジンありがとうございます。

今回も宋さんの日本の長所・短所 読ませていただき、全く同感です。

言葉では、“罪を憎んで、人を憎まず”と言った人も居たようですが、宋さんの言われるように“罪と人格”が多くの場合に渾然一体となるようです。人事評価においても、am9:00−pm5:00(会社時間内)における、仕事に関する評価であるといくら説明しても、まだまだ、全人格の評価を受けている、と受け止める人がいます。

この“罪と人格”を分離しない発想は、日本の戦争責任追及の曖昧さ、A級戦犯を祭る靖国神社への参拝問題等、にも、繋がっているように思います。

政治的な問題はさておき、ビジネスの世界においても、宋さんが指摘されるように、多くの日本人の持つ発想なのでしょう。日々の判断において、罪・ミスと人格の分離を意識しながら、人の人格は尊重し、罪、ミスの原因究明と改善、再発防止に焦点を当てたいものです。

この日本特有(?)の発想に関連した、著作“空気”の研究 山本 七平氏(文春文庫)は、面白いですよ。“日本の意志決定者は、その場の空気である。”

神近 信人

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(2)田中様(仮名)から宋へのメールです。
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最初に宋さんのお話を伺ったときから、感銘を受けています。そのときのお礼や感想をお送りしようと思いながら今日まで来てしまいました。(ちなみにお礼のメールは、宋さんから先にきてしまいました。)

『効率化の最後の聖域へ』も楽しく読ませていただいております。今回の18号に掲載された連載ものの「性善説と性悪説は同じ」は、まずタイトルにびっくりし、中身を読んで納得というものでした。この中で成果主義における評価のあり方、人ではなく事(つまり事実だと思いますが)を評価するのだと言うのは、その通りだと思います。

同じことは、子供社会の学業の成績でも言えると思います。成績が悪いと「できの悪い子」と烙印を押される。だから、成績を発表しない。運動会でも皆1等賞、なにか納得行きません。皆平等はその通りですが、違いはあるはず。得手不得手も。不得手なことで評価されたことが、人間性の評価までにつなげる考え方のほうがおかしいのでしょう。

さて、成果主義のことですが、日本では(と言って良いかわかりませんが)結果だけでなく、プロセスも評価しています。「あの人は頑張った」というやつです。でも何の成果ももたらしてはいません。成果主義は、これも排除すべきと考えていますが、宋さんはいかがですか?

ここで断っておきますが、私は成果至上主義者ではあありません。成果主義を謳うならこうあるべきと考えているということです。

いつもメールありがとうございます。

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宋から田中様へのメールです。
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田中さま、
宋 文洲です。
メルマガを読んでいただきありがとうございます。

実は我々が言っているプロセスは自然発生のプロセスではなく、結果をうみだすための、マネージャーが了解したプロセスです。もっと分かりやすくいえば、頑張ったこと、残業したことなどの個人の成り行き努力と言い訳ではなく、組織の責任者が「結果につながる、価値のある事実」がプロセスです。

社員は全プロセスの責任を持たないからプロセスの成果を評価すべきだと言っている訳です。つまり顧客価値につながらない属人努力はプロセスではなく、結果を生み出す中間成果をプロセスだと言っているのです。

普段よく言われているプロセスは「やる気」、「努力」、「熱意」などのいわゆる掴めない内部の都合(精神論)のことです。

これでご理解いただけますか。

宋 文洲
(終わり)
(編集部)


■4.「主観がないと客観的にならない」

〜一橋大学 イノベーション研究センター教授
米倉 誠一郎先生のお話に耳を傾けてみませんか〜

象の足を触った盲人が「柱のようなものだ」というが、耳を触った盲人が「いいえ、扇子のようなものだ」と反論すると「君ら皆が間違っている。これは蛇に似た動物だ」と鼻を掴まえた盲人。我々人間は存在の全てを感知することが不可能である。知る意欲がないと存在のごく一部を都合よく解釈してしまう。この意欲こそ主観でもある。主観(意欲)のあるマネージャーはより客観的情報を知りたくなる。主観(意欲)のないマネージャーは自己都合で思い込む。主観論の第一人者、ビジネス界にファンの多い米倉先生の見識を聞いてみよう。

(3月28日 東京/帝国ホテルで開催します〜無料です)

(編集部)

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