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メールマガジン バックナンバー 第29号(2005.8.26)

2005.8.26(第29号)

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1.クレディセゾン林野社長、
マネージャーの「機能」をどう認識すべきですか?(連載2)

2.人が多いと使い方も変わる(1)(七田真之の北京レポート 連載6)
3.与虎謀皮(宋文洲の日本の長所・短所 連載14)
4.人生を変えた一言

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■1.クレディセゾン林野社長、マネージャーの「機能」をどう認識すべきですか?

経験を「知恵」に換え、それをおカネに換える(連載2)

クレディセゾン林野宏社長


ハードトレーニングに耐え先輩を抜く人を選ぶ

<宋> ということは、マネージャーを選ぶにしても、優しく育てるというのではなくて、厳しくして、それに耐え抜いた人間をマネージャーにしていくわけですね。

<林野> そういうことですね。前提として、チャンスは平等に与えます。ただし僕の与えるチャンスというのはハードですよ。ハードトレーニングを与えて、それに耐えられたというか、抜けてくる人を選ぶ。

<宋> 「耐える」と「抜ける」は、どう違うんですか。

<林野> 「耐える」というのは、駅伝でいえば後ろのほうでどうにかついてくるという状態ですよね。そうではなくて、「前のヤツを抜け」ということですよ。前のヤツとは、先輩のことです。

<宋> だから御社のマネージャーは若いんですね。

<林野> 定年雇用、年功序列、春闘方式、そして男尊女卑、自己犠牲。この五つが日本のサクセス組織の原則でした。僕はこれを一つずつ打ち破っていこうとしているんです。

たとえば、うちの会社の管理職は女性が多いんですよ。部長の一割、課長の四人に一人は女性。係長にも女性が圧倒的に多くて、七五%ぐらいかな。「女尊男卑」と言っているんです。

<宋> それはすごいですね。

<林野> なぜ日本の大企業が男尊女卑かというと、日本の組織の上部、特に役員とかそういう人たちはほとんど、偏差値の高い男子校の出身なんですよ。

<宋> そうかもしれませんね。

<林野> 一流企業といわれている会社の役員を調べてみたら、きっと九〇%以上が男子校出身だと思いますよ。青春の時代を男だけで過ごしてくるから、女性というのは恋愛の対象であり、結婚の対象であり、仕事の対象ではないと見るようになるわけですよ。


競争や利益に無関心で後ろ向きの人間は要らない

<宋> なるほど。そうしますと、マネージャーを選ぶポイントは、男女に関係なく平等にハードトレーニングを与え、それに勝ち抜いてくる人ということですね。一人ひとりの素質は細かく見ないんですか。

<林野> うちなんか素質のある人は入ってこないですから(笑)。つまり普通の会社で「素質がある」とされる基準の人ですね。それは主として偏差値です。

人事部はブランド学校が好きで、一橋が来たとか、東大が来たとかって喜んでいるわけですよ。「これは採用しなきゃ」と。それで、あとになって困るわけです。もちろん出来のよい人はたくさんいる。でも出来の悪い東大出身とか一橋出身もたしかにいて、そういう人は箸にも棒にもかからないんですよ。

<宋> でも世の中にはそういう学歴志向の人が多いですよね。そういう人たちがトップになってしまうから、中間管理職の人たちは恵まれないんですね。

<林野> それはあるでしょうね。しかし最近は、少し変わってきたんじゃないでしょうか。バブル以降、仕事がむずかしくなったから、ある程度できないとトップに選ばれなくなってきた。だから、マネージャークラスの学歴や経験が、今までと違うでしょう。

銀行なんか特にそうです。昔はMOF担がエリートでしたけど、今はMOF担といっても接待もなくて、意味がなくなってしまった。代わりに子会社に行っていたとか、海外に行っていたとか、メインストリートを歩いてこなかった人たちが増えましたね。

<宋> 学歴や偏差値が高くても、人生に前向きじゃない人は、考えられないような精神構造を持っていたりしますね。

<林野> 競争とか商い、利益を上げることに無関心な人もいますね。企業組織というものに全く適合性がないにもかかわらず、紛れて入ってしまった人。そういう場合は、社会は何も企業だけで成り立っているわけではないのだから、なるべく早く本人に自覚してもらって、自分により適合する組織に、若いうちに動いてもらうべきですね。

(フィナンシャルジャパン7月号より)
(続く)


■2.七田真之の北京レポート(連載6)
七田 真之

人が多いと使い方も変わる(1)

技術者についていうと技術力や性格は日本と中国とで大きな違いは無いように思います。先日、中国視察に来られたある方に北京支社の概要をご説明しているときに、「日本人と比べて、中国人の技術者に特有のメリットやデメリットがありますか?」という質問をされました。

その問いに対して、以下のように答えました。「個人個人では中国人技術者だからここが際立っているというところは特にありません。ただし、日本と大きく違うところは、リソースが多いこと。これは一つのプロジェクトをやる上でのやり方や質を大きく変えます。」

日本でのIT技術者の採用における職種といえば、プログラマー、SE(System Engineer)、PM(Project Manager)、あとネットワーク管理者ぐらいでしょうか。中国ではそれ以外に、テスター、SQA(Software Quality Assurance)、ブリッジSE、などの職種があります。そして比較的日本よりは、応募側も採用側も職種に対して明確に境界を引いています。

この中でSQAという専門職は日本にはありません。彼らは品質管理に関る仕事をするのですが、それぞれのプロジェクトに入り込んで、そのプロジェクトにおける規約やプロセスの運用がきちんとなされているかをチェックしアラームをあげます。

例えば定義されたプロジェクトのドキュメント規約、フロー、それらに則って、基本設計書やテスト仕様書の作成作業がきちんと成されているか、それらはきちんと決まったフォルダに保管されているか、などをチェックします。

その他にも、スケジュールの進捗の定期的な集計を行い、どのタスクが遅れており、そのタスクに対してアラームが上がっているか、発生したリスク一覧を表に纏め、それぞれ対策状況はどのようになっているか、発生した不具合の数と対応した数の日時のグラフを作成して、それらの情報をPM他、関係各所へレポーティングし続けます。

このような仕事内容を見るとプロジェクトリーダーのように思えますが、彼らはプロジェクトリーダーではありません。SQAはリスクや遅れを発見しますが、それらの問題に対して解決方法を考えたり、遅れを取り戻す施策を打ったりはしないのです。彼らはあくまで第三者的にプロジェクトに参加し、客観的な情報を収集しそれを流すことが仕事で、責任もそこまでです。対策を打つ責任はプロジェクトリーダーであり、それはSQAとは別の人が行います。

つまり、現場で担当している実作業者自身に自分達の進捗やリスクなど客観的情報の把握を任せないのです。状況の報告と対策を同じ人物に任せると、いくらでも状況改ざんして報告できるので、信頼性がなくなるからでしょう。

このSQAは、CMM(Capability Maturity Model for Software:ソフトウエアの開発能力を客観的に示す品質管理基準)の概念から来ています。中国ではCMMがはやっており、勉強をしている人もたくさんいます。日本にもCMMがありますが、このSQAのような職種が一般的に浸透するところまでいっていません。これはやはり少ないリソースと高い人件費の環境が起因しており、日本ではいかに少ない人数をフル稼働させるかを考えざるを得ないからでしょう。大体どこも人不足、予算不足の状況なので、CMMを導入したいのは山々ながら、そんなことはやっていられないというのが日本の現実でしょう。

しかし、中国では理想的な体制がいとも簡単に組めてしまう。冒頭で話した通り、豊富なリソースのおかげでマネージメントの質も変えることができるのです。

(続く)


■3.宋文洲の日本の長所・短所(連載14)
宋 文洲

与虎謀皮

ある人が虎と出遭った。あまりにも美しい毛皮に魅了され、虎に願いを申し出た。「虎さん、あなたのその毛皮なら、最高のコートが作れる。くれないか」と。この人は願いが叶う前に虎に食べられた。

この寓話は「与虎謀皮」という成語に凝縮され、我々に、ある道理を伝えている。それは、相手の利益を損なうような提案は受け入れられない、という単純な理屈である。

日本では、よく「話せば分かる」、「熱意は必ず伝わる」といったことを耳にする。確かに、その通りの場合も多い。同じ目標に向かう仲間、利益を共有する同士ならば、話せば分かるし、情熱も伝染する。

しかし、話も熱意も意味がない場合もよくある。例えば、昇進レースの場合は、Aさんが選ばれるとBさんが落ちる。リストラをすれば、会社は利益が出るが、社員は不利益を蒙る。企業が競合し、X社が受注したらY社は受注できない。

それでも、話さないよりは、話した方がいいだろう。熱意もないよりは、あった方がいいだろう。しかし、「分かるだろう」、「伝わるだろう」と期待すること自体が甘いというべきか、問題の解決に繋がらないというべきか……。

あと二、三年で退職金をもらって無事に定年後の生活に入れる保守的幹部にとって、経営改革は自分の美しい皮を取られるようなものである。経営陣が描いたビジョン(美しいコート)の恩恵を受けるのは自分ではない。しかも、新しいことへのチャレンジは、苦労とリスクだらけである。おまけに若い部下に劣って見えれば、名誉とプライドも傷付く。全部不利益であり、毛皮を取られるようなものである。

情熱と人情と根性で営業の目標を達成しようと努力し、顧客の利益を無視した「与虎謀皮」になる場合がある。

「お客様は神様」と唱えながら、ノルマ達成のための押し込み営業は、正に自分のコートのために相手の毛皮を剥がすようなもので、相手の生存本能に反するものである。極端な例では、ノルマ達成の為に不要なリフォームエ事を行って摘発された業者があったが、我々にも多かれ少なかれその傾向が無いだろうか。

「コート」が優先されるべきか、「毛皮」が優先されるべきか。

社会的意義においては、上述の経営改革という「コート」は、明らかに「無事退職」という毛皮より優先順位が高い。一方、ノルマ達成というコートは、明らかに顧客利益という毛皮より優先順位が低い。

「与虎謀皮」は、虎の毛皮を剥ぐべきかどうかを言っていない。虎は毛皮を剥がれると必死に抵抗する、と言っているのみである。この冷静かつ厳粛な認識に立って初めて、我々は覚悟と決断、そして顧客価値が分かってくる。

(財界2005/8/16号より)
(終わり)


■4.人生を変えた一言
宋 文洲

「会社を売る?君は何か悪いことしたのか」〜売却交渉先の社長から〜


1997年。中国に帰るため、当社の売却を決心した。中国人留学生として北海道大学で博士号を取得した後、天安門事件もあり帰国しないで札幌で就職、92年に当社を設立した。当時は社員20人強の小さな会社ながら、利益を上げ純資産は4億〜5億円ほどになっていた。証券会社に仲介された最初の交渉先は束京の会社だった。札幌から出ることがほとんどなかったが、意を決して東京に向かった。

いざ交渉の席に着いた途端に浴びせられた言葉が「何か悪いことしたのか」だった。交渉先は株式公開していたが、オーナー経営同然の状態。その人にとって会社は自分の分身、売却するとは「よほどのことがあるに違いない」というのが、顔から読み取れた。

当時、私は30代半ばの若造。そして中国人。胡散臭く見られるのは半ば仕方がないと最初は受け流していたが、話をしていると怒りが込み上げてきた。相手は「1億円なら買ってもいい」と言う。「純資産に比べ低すぎる」と問いかけると、さも買い手側にすべての決定権があるように振る舞う。

私には強い立場をかさに着る、弱い者いじめにしか受け取れなかった。この経験でこの会社を育て、いつか絶対にこの人を見返してやると心に誓った。

「努力は必ず報われる」。こう励まされた経験は誰しもあるはずだ。中国人の私が日本で会社を起こし、東京証券取引所の第1部に上場させたとなると、社長の私はさぞかし努力したのだろうと思われるかもしれない。もちろん苦労の連続で、歯を食いしばって乗り越えてきた。それを努力が実を結んだからだ、と片づけられることには抵抗がある。

どんなに頑張っても、現状を打開できない−。そんな理不尽を味わえば、「努力すれば報われる」というのは、言葉は悪いが甘っちょろい。私の父は文化大革命で迫害の憂き目に遭った。小学生だった私も同級生にとどまらず、教師からもいじめられた。

以来、私は強い立場を利用して理不尽な要求を突きつける態度には、言葉に言い尽くせない拒否感を持つ。97年、売却交渉の相手がフェアな態度で接してくれたならば、今の会社も自分もなかったかもしれない。

『日経ビジネス』
2005年8月8日−15日合併号
P.119〜P.120から転載
(終わり)

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