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メールマガジン バックナンバー 第69号(2007.4.6)

2007.4.6(第69号)

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1.北京の幼稚園に子供を入れる(論長論短 No.36)
2.歴史を未来への道具とする
(『論語』を読んでみませんか?最終回)


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■1.論長論短No.36

北京の幼稚園に子供を入れる

宋 文洲

たまに北京の幼稚園に子供を入れることにしています。語学だけではなく、異なる体験をさせるためでもあります。

北京の自宅から自転車で10分ほどの距離です。毎朝7:30に子供を自転車の後ろに乗せて家内と送りに行きます。

幼稚園の一日の流れはこうです。

先生達はまず子供達を園庭につれて行き、20分間の運動をさせます。自家製の体操もあれば、縄跳びもあれば、徒競争もあります。

その後、教室に連れて行き、手を洗って8時に朝食を始めます。

12時に昼食です。その後、1時間の昼寝をさせられます。4時に夕食をとります。そして5時に帰宅を始めます。3食は幼稚園の中の調理場で作られています。

短いですが、授業はちゃんとあります。教科書もあります。それ以外はお絵かきや折り紙などのお遊びです。交通事情とマナーが悪いためか、遠足はめったにないようです。

子供の親達のほとんどは夫婦共働きですので、朝7:30までに子供を幼稚園に送ってそのまま職場に向かいます。朝食は通り道の朝食サービスを利用する人が多いようです。

その朝食サービスとはセルフサービスでだいたい2元ほどかかります。今のレートで換算すると30円ですが、日本の感覚でいえば、250円前後のような感じです。内容はお粥、豆乳、漬物、揚げパン、蒸しパンと肉まんなどの家庭的なものです。

退職生活者は別ですが、働く夫婦は朝食を作ることがありません。もちろん、子供の弁当を作ることはありません。職場に行くついでに幼稚園に届け、帰宅ついでに子供を連れて帰ります。

晩御飯だけは、家で作って食べます。7時前後は家族そろっての夕食の時間です。だから5時の幼稚園の夕食は日本でいう午後のおやつにあたるかもしれません。

日本での一日と比較してみると北京の幼稚園は時間が長いうえ、食事も運動も昼寝もさせてくれますから女性の負担は圧倒的に少ないです。

手作り弁当、PTAの役員、学校の行事係、公園デビューなどの母親同士のお付き合いが無い分、親達は楽ですが、日本の感覚でいえば親達が教育に関わっていないように思えます。

良いところは夕食の時間です。お父さんを含む家族と、家で夕食をとるのは普通です。幼稚園からのお迎えを含めれば、父親と子供のかかわりは日本よりずっと多いように思えます。

幼稚園に居る時間が長いため、お稽古はほとんどありません。行く時間もなければ、いく場所もないのが実情です。

幼稚園にも教科書と授業があるので、塾に行く必要もないと思いますが、平均よりも実力を付けたいならば、もっと授業時間の長い幼稚園を選ぶか、家での指導を強化するしかありません。

教育には正解はありませんが、出口が同じでも、入り口と通り道はいろいろあると思います。

日本の家で中国語を教えてもなかなか子供達は覚えませんが、こちらの幼稚園に通って三日目の夜に、中国語で寝言を言いました。教育は理屈ではないと思い知らされました。

(終わり)


■2.中国古典研究家 守屋淳さんの連載(最終回)

『論語』を読んでみませんか?
第六回 歴史を未来への道具とする

守屋 淳

目標とする歴史上の偉人はいますか、と尋ねられたらみなさんは何とお答えになるでしょうか?

年代によっても回答は変ってくると思われますが、だいたい日本の男性であれば織田信長や坂本竜馬、ナポレオンといった英雄たちが挙がって来るのでしょう。

実は、孔子にも目標とする歴史上の偉人がいました。
それが周王朝の創始者の一人、周公旦という人物なのです。孔子は春秋時代の末期に活躍しましたが、時の王朝は「周」で、その草創期に文化制度を作ったのが周公旦だといわれています。その憧れぶりはかなり激烈で、

・ああ、私もすっかり気力が衰えてしまった。周公が夢に現れなくなって、もうどれくらいたっていることか(甚だしいかな、吾が衰えたるや。久しいかな、吾また夢に周公を見ず)述而篇

という言葉さえ残されています。現代でいえば、アイドルの熱烈なファンが、毎晩、彼や彼女を夢に見るように、孔子が元気な頃は、ずっと周公旦を夢に見ていたのです。
しかし――ここが孔子の素晴らしい所なのですが、孔子はひいきの引き倒しにはなりませんでした。こんな言葉も『論語』には残されています。

・周公のような素晴らしい能力に恵まれていても、そのために人を見下したり、また、人のために出し惜しむとしたら、他にどんな美点を持っていてもすべて帳消しになってしまう(もし周公の才の美あるも、驕かつ吝ならしめば、その余は観るに足らざるのみ)泰伯篇

たとえ夢にまで見ている周公旦でも、エバリ腐っていたり、ケチだったりしたら俺は認めないよ、と孔子は言うのです。この言葉を鑑みる限り、孔子とは、物事を見るのに透徹したバランス感覚を持つ人物でした。好きな相手でも過大評価しすぎず、嫌いな相手でも切り捨ててしまうことがなかったのです。
だからこそ、『論語』にはこんな一節が記されています。

・孔子の弟子の顔淵が、国の治め方について尋ねた。孔子が答えるに、「夏王朝で使っていた暦を使い、殷王朝で使っていた馬車を使い、周王朝で使っている冠を使いなさい」(顔淵、那を為めんことを問う。子の曰く、夏の時を行い、殷の輅に乗り、周の冕を服す)衛霊公篇

憧れの周公旦が作った周の文化制度なわけですから、当然それがすべてに一番と考えそうなものですが、孔子は違ったのです。あくまで冷静な視点で歴史を見つめ、他王朝でも良いものがあればそれを取り入れ、現代に活かそうとしました。

この意味で、孔子にとって歴史とは、未来に活かすべき道具に他なりませんでした。良いとかダメとか、バカだとかマシだとか、主観的な評価でぶった切って喜ぶ対象ではなく、「何に使えるのか」「どうすれば活かせるのか」を冷静に考えるべき対象だったのです。

実は、こうしたバランス感覚を備えていた偉人が、日本にもいました。それが日本の資本主義の父、渋澤栄一なのです。彼は、『論語』に心酔し、その教えによって日本的な資本主義や経営を形作ろうとしましたが、次のような言葉を残しています。

《論語は最も欠点の少ない教訓であるが、この論語で商売はできまいかと考えた》『論語と算盤』国書刊行会

つまり、『論語』は素晴らしいが、欠点もある、と栄一は考えていたのです。また、この書き方からは、栄一はおそらく、他の仏教やキリスト教、武士道などの教えなども幅広く見聞したうえで、『論語』がベストと結論付けた跡が見えてきます。
「心酔しても、ひいきの引き倒しにならない」という、絶妙のバランス感覚を持っていたからこそ、孔子や渋澤栄一は、時代を超えた偉人となった一面もあったのでしょう。

もちろん、道具としての歴史という言葉のなかには、歴史ばかりでなく、古典といわれる書物の教えの数々も当然対象として入ってきます。その意味で、ぜひこれを機会に『論語』をはじめ、『孫子』や『三国志』など、東洋の叡智とも言うべき古典の数々を手にとって頂ければ幸いです。

さて、この連載は今回で終了させて頂きますが、もし『論語』に興味をもたれた方は、ぜひ拙著の『活かす論語』(日本実業出版 税抜き1,500円)をご一読ください。

守屋淳 1965年東京生まれ。作家。著書に『最強の孫子』(日本実業出版社 1,500円)『活かす論語』(日本実業出版社 1,500円)、講演CDに『新説 孫子の兵法』(日経BP社 32,000円)『ビジネス版 三国志』(日経BP社 36,000円)などがある。
http://bpstore.nikkeibp.co.jp/item/main/148222104720.html

(終わり)

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