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メールマガジン バックナンバー 第89号(2008.02.01)

2008.02.01(第89号)

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1.高く買って安く売る人達の欲(論長論短 No.56)
2.元トリンプ社長、吉越浩一郎さん連載コラム 「残業は悪いこと」(第4回)

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■1.論長論短 No.56
高く買って安く売る人達の欲

宋 文洲

「米国崩壊」、「世界同時大不況」、「底なし」・・・。専門家達がメディアを通じて不吉なメッセージを一斉に発信すると日経指数はダウの倍も下落しました。もともと高くない日本の株をいったい誰がさらに売り込んでいたのでしょうか。

1万4千円を割ってもまだ売っている人の多くはたぶんそれより高い値段で買ったのだと思います。まさに「高く買って安く売る」そのものです。こんな理不尽なことをする唯一の理由は損の拡大に怯えているからです。

「高く買って安く売る」人は欲のない人ではなく、欲の強い人です。短期的な評価損を許せない欲の強い人です。彼らは決して儲けたくない人達ではなく、儲けしか考えられない人達です。

投資で利益を得る人は、間違いなく損もする人達です。彼らは自分が信じる価値に投資を行い、損する時も淡々と納得しているのです。彼らは投資にはリスクがあり、リスクとは実際に損もするという心の準備ができています。

不思議なことに損を気にしない人のほうが儲かるのです。不思議なことに株価の変動に一喜一憂する人は儲かりません。不思議なことに欲を抑えられない人は儲からないのです。

しかし、人々はよく誤解するのです。儲かる人はきっと欲の強い人だと。儲からない自分はきっと無欲だと。

もしこの理屈が成り立つならば、スケベな男が女性にモテルということになります。ケチな人が金持ちになれるという理屈になります。東大に入りたい人が東大に合格することになります。

以前、日本の銀行を安く買って、その後大きな利益を得る外資ファンドが禿鷹ファンド呼ばわりされて非難されました。よく考えてみればその時、日本には天文学的数字の貯金がありました。わずか数千億円の銀行への出資は誰もしようとしなかったから外資が引き受けただけでした。

外資ファンドのおかげで銀行が救われました。本来の価値が認識された時点で利益を得て当然なのに、外資というだけの理由で蔑視されていた訳です。まるで日本人の汗水の結晶のお金を窃盗したかのように。

そんなに外国資本が嫌いで日本の資産を大切に思うのであれば、なぜ自分たちが日本に投資しないでしょうか。なぜゼロ金利でも現金を握り締めて、自国の優れた企業に投資しないでしょうか。自分達が投資せず、ソースメーカーのように外国にも投資させない市場がなぜ成長できるでしょうか。

人間社会には欲がなくなりません。無法の欲が社会を蝕みますが、法とモラルの抑制が効いた欲は、むしろ文明の原動力となります。しかし、無欲を装って欲を飾る風潮は、決して社会をよくすると思えないのです。

(終わり)

今回の論長論短へのご意見はこちらへ↓ http://www.soubunshu.com/article/81630357.html


■2.元トリンプ社長、吉越浩一郎さん連載コラム 「残業は悪いこと」(第4回)
ワークライフバランス〜仕事はゲーム感覚で。決して振り回されるな!

吉越浩一郎

引退して、1年が過ぎました。昨年夏は約2カ月、年末から年明けにかけて約1カ月、フランス人である妻の里帰りを兼ねて、フランスに長期滞在しました。
私は現役の頃から、最低でも夏の3週間と冬の1週間は休暇を取るようにしていましたので、一般的な日本のビジネスマンに比べれば、休暇慣れしていたはずです。そんな私がフランスでのバカンス中に、フランス人との交流や日本からの友人の来訪を通じて感じたのは、『人生を楽しむには準備が必要だ』ということです。

定年退職で退職金を手にし、時間的にもゆとりができて、「さあ楽しむぞ」と意気込んでみても、それまでに仕事以外の友人や家族との絆を深めていなければ、せっかくの自分のための時間が、ただ苦痛なだけの「余生」になってしまいます。そうです。ただ時間をつぶすことが目的となるのです。

つまり若いうちから、自分の人生をトータルでとらえて、より充実した人生を送るために「仕事」と「仕事以外の私生活」の位置づけをどうバランス良くとらえるか、ということがとても重要なのです。これが昨今、日本でもようやく重要性が叫ばれるようになった「ワークライフバランス」の基本的な考え方です。

ところが、日本のビジネスマンの多くは、人生の充実度は仕事の充実度で決まると考え、「ワーク」が「ライフ」の一部だと思っています。だから残業の問題にしても、「仕事が充実するなら善しとする」風潮があるように思います。

でも実は、ここでの「ライフ」とはあくまでも「私生活」と訳すべきで、当然その中に「仕事」は含まれません。言い換えれば、ある人の「ライフ」が充実したものになるかどうかは、その人の「ワーク」での充実度とは基本的に無関係なのです。

「ライフ」と「ワーク」のどちらに重きをおいて、人生の目的を考えるべきか。
前に述べた“苦痛なだけの「余生」”を迎えたくない人は、やはり若いうちから「私生活」を充実させていくことが大切で、「仕事」はそのための手段だと割り切る必要があると思います。一旦「ライフ」が重要、と決めたならば、「ワーク」に使う時間は少ないほどいいわけです。半面、より豊かな「ライフ=私生活」を送るためには、できるだけ多くお金を稼ぐことも必要でしょう。

そこで「効率を追求する」、「仕事のスピードアップを図る」、「生産性を高める」などの発想が生まれてくるのです。なぜなら、残業代目当てで残業ばかりしていたのでは、重要なはずの「ライフ」に費やす時間が失われてしまいますし、また「ライフ」を最優先するあまり、「ワーク=仕事」の内容や進捗を気にせず、毎日ただ漫然と就業時間を過ごしていれば、収入が増えるどころか、減収もあり得るからです。

「仕事」を、“少ない時間で、いかに多くのお金を稼ぐか”というゲームとして捉えられれば、効率を追求することに集中できるはずです。「仕事」には楽しみもありますし、それを通じて生きがいを得ることもできるでしょうが、一生を捧げるようなものではない、と私は考えています。こうした考えに反発を感じる人もいると思います。しかし、良い仕事をすることが人生で最も重要なことで、私生活はその前提に過ぎないとする考え方で、本当に充実した人生を送れるのでしょうか?

大半のビジネスマンには「定年」があります。「ワーク」には必ず終わりがあるわけです。これに対して、「ライフ=私生活」は死ぬまで続くのです。長寿社会において、その期間はどんどん長くなります。豊かな人生とは何かをできるだけ若いうちから、ぼんやりではなく真剣に考えてほしいと思います。

因みに、“take time to smell the roses”・・・直訳すれば、「薔薇の香りを嗅ぐための時間を取る」となるのでしょうが、この英語の慣用句は「骨休めをする、休息を取る」などの意味を伝えたいとき使われるそうです。最近お会いした、リタイヤしたオーストラリア人に今何をしているかと尋ねたところ、“Smell the rosesさ”と、ニコっと笑いながら言われました。「豊かさ」や「ゆとり」の感じ方では、日本人はまだまだ敵わないなぁと感じました。

(つづく)

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