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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第313号(2016.10.28)

こんなことを証明した今年のノーベル経済学賞

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1.こんなことを証明した今年のノーベル経済学賞(論長論短 No.280)
2.「おうちごはん」アプリが象徴する中国の「やってみなはれ」精神
 (Yo-ren Limited CEO 金田修・連載 第4回)


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■1.論長論短 No.280

こんなことを証明した今年のノーベル経済学賞
宋 文洲

結婚についてよく聞かれる話は「結婚は人生の墓場」です。これは現実でもあり婚後努力を促す警告でもあるのです。今年のノーベル経済学賞を受賞したBengt Holmstrom氏とOliver Hart氏の経済学理論は意外にも人々が常識に思ったことを理論的に証明したのです。

結婚する前の男は気遣いが十分ですし、約束を守り行動で相手の好感を勝ち取るのです。彼女の良い反応は一種の「業績給」です。女性も似たような状態です。
彼氏の部屋に来て嫌いな掃除をあたかもよくするようにこなすし、慣れない料理も頑張ってしまいます。喜んでくれる彼の反応が励みになります。

しかし、結婚証明書をもらうと男女関係は契約によって保障されます。この終身雇用に近い安定感は人間の危機感を無くし、怠け本能を誘い出すのです。
その結果、多くの夫婦関係が結婚後3~5年以内に墓場に入ってしまうのです。

約束(契約)には多くの限界があります。まず、人間の状態は不安定です。
いつも約束を守る訳ではありません。次に約束の言葉が示す範囲や達成基準は曖昧です。最後に、自分に不利な情報を漏らさない人間の本性が、情報の不透明性をもたらし、約束の完全検証を不可能にしているのです。

そこに努力の役割が出てくるのです。もし、男女が愛のために努力を続け、語り合えば状況と心境の変化に伴って新しい認識と約束が生まれるのです。
結婚は当初の夢から別の夢に向かうこともあれば別な幸せに変わっていくこともよくあるのです。

企業の契約と評価も似たようなものです。就職する際の会社や上司からの約束はあくまでもその瞬間のことに過ぎないのです。双方が満足するように努力しないと契約で縛られない部分で不満をぶつける方法はいくらでもあります。なぜならばそもそも契約で辞書のように細かく規定しても実際の状況と必ず食い違うのです。
この食い違いや曖昧さが出現した時、契約の一方が勇気を出してそれを明確にしていくことが重要ですが、この時に一番頼りになるのは平素の努力と信頼関係です。

成果主義も同じです。そもそも成果の中身は部分的にしか規定できません。
次に規定していた中身の評価基準も変化するものです。100%成果主義にたよると破綻するのは当然です。それならばと努力と態度などの定性的評価だけをもって人を評価すると属人的になってしまうのです。結局、個人と企業が心の通じる努力を行い、信頼関係をもっていればこそ、はじめて成果やKPIの数字評価を手段として使いこなせるのです。

日本の従来の「終身雇用と年功序列」が良いという人も出てきますが、実は「終身雇用」と「年功序列」も「契約」なのです。社会全体にわたる契約なのです。

契約はあくまでも手段に過ぎず、結婚も就職も努力と信頼が一番大事であることを証明したのが今年のノーベル経済学賞です。別にノーベル賞学者に言われなくても分かっていますが、契約は手段に過ぎず、大事なのは努力と信頼であることを科学的に証明してくれることに大きな意味を持ちます。

選挙制度は約束が中心です。国際政治も契約で動きます。しかし、本質は約束や契約そのものではなく、政治家と選挙民の間、そして契約国同士の信頼関係であることが、科学として認知されれば、人類社会の在り方にいずれ大きな影響を与えるでしょう。

(終わり)

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■2.Yo-ren Limited CEO 金田修・連載 第4回

「おうちごはん」アプリが象徴する中国の「やってみなはれ」精神

金田 修

第四回の今回は、前回の続きです。DIDI(滴滴打車)は「移動」に関するシェアエコノミーのエコシステムを作った結果、世界中で中国人の移動を支えるインフラに成長したというお話でしたが、これ以外にも起業家人材のエコシステムを作り出すことで、新しい価値を生み出しているという話です。

DIDIは2012年の設立以来、「Uber」や「快的」など様々な競合を吸収し、あるいは市場から退出させることで生き残ってきました。この中でこの業界を飛び出した起業家たちが、様々な中国らしい新しいシェアエコノミーの事業機会に挑戦しています。その中でも一番有名なのは移動領域でのベンチャー、例えばMobike、OFOといった自転車シェアリングですが、今日紹介したいのは、今弊社の社員がほぼ誰か毎日使っている回家吃飯(直訳:家に帰ってご飯を食べよう)というアプリサービスです。

これは、一言で言うと家の台所で作るご飯をおすそ分け(シェアリング)する、というサービスです。広東や四川など出身地を基本情報として、今日明日の献立を公開、食べたい人を募ってまとめて何人分か作り、テイクアウト用の食器と宅配をアプリ側がサービスとして提供して、注文先に届けるというサービスです。通常のデリバリーサービスと比べれば、時間もかかるし、決して安いわけではないのですが、僕も時々使います。お家の味という感じが嬉しいのと、塩分少なめとか油少なめ、というデリバリーサービスでは通常お願いできないこともワンクリックで頼めるところが魅力です。

このビジネスを創業したのは、唐万里というDIDIの創業者同様アリババ出身の起業家で、黎明期から参加して成長期を支えた前COOは、31歳のMaggieという元Uberの女性経営者で僕の友人です。元々投資銀行で働いていた彼女は、Uber上海に参加した後、中国発のサービスで社会にインパクトを与えたいという気持ちでこのチームに参加しました。

この台所シェアサービスというのは、消費者にとっては有難いですが、配車サービス以上に困難なビジネスです。中国のメディアでは、北京市政府、上海市政府などが次々と食の営業許可証を持たない家庭での調理をビジネスにする回家吃飯およびその競合を食品安全の観点から問題ありとして禁ずる、と報道されています。また、シェアしたい台所とニーズのある場所のマッチングが難しい、などビジネスとしての維持可能性にも疑問が投げかけられており、現在Cラウンドの投資のプロセスにあるようですが、批判的な見方が一般的です。

それでも彼女と話すと、中国政府には批判的な機関もあるが、「イノベーションをしなければいけない」、「新しい取り組みで社会を前に進めたい」、というエネルギーにあふれる自治体も多く、誰かが否定しても必ず応援してくれる、新しく取り組もうと言ってくれる政府機関と投資家がいる、ととても前向きです。
彼女は最近別の事情でこのベンチャーを離れましたが、また新たなベンチャーサービスに取り組む準備をしているとのことでした。

今回は、このサービスを日本でやるべき、という話ではありません。
中国という国家が総体としてイノベーションとどう向き合っているかを示す例だと思います。食の安全は気になりますし、既存のレストラン業界や小売業にだって脅威になりかねない新しい産業です。その誕生に対して、これだけおおらかに事業を拡大させているというこの事例は、起業家のみならず政府にも消費する大衆側にも存在する「やってみなはれ」的起業家精神が、中国の内需成長を支えていることを象徴していると感じます。

現在は「食の営業許可証を持っていない=政府が要求する衛生基準を満たしていない可能性がある」とされているサービスでも、例えば「食の安全を管理する手法」がヘルスケアとFintechのイノベーションが組み合わさることによって各家庭でも簡便に実現出来れば、禁止する理由がなくなるかもしれません。

変化の早いデジタルな時代には、中国のこの「やってみなはれ」なスタイルは結果として破壊的な進化を生み出し続ける可能性が高いと感じる所以です。

(つづく)

金田さんが創業したYo-ren LimitedのURLはこちら↓
http://yo-ren.com/ja/

(終わり)

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