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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第284号(2015.09.18)

「言論の自由を保証する」企業


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1.「言論の自由を保証する」企業(論長論短 No.251)
2.世界を目指して土管からのスタート
  (オプティム菅谷社長の連載「ぼくらの地球規模イノベーション戦略」 第3回)


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■1.論長論短 No.251

「言論の自由を保証する」企業
宋 文洲

パンフレットや来客室に掲げた企業理念というものは、だいたい痛くも痒くもない高邁スローガンに過ぎません。真面目に読んでいると心が私心と雑念で充満している自分が急に小さくなり自信がなくなります。しかし、「社会に貢献します」と掲げてきた企業が長く不正にチャレンジしていると思うと、企業理念はもう少し中身のあるものにしたらどうかと思うのです。
たとえば「嘘付きは泥棒の始まり」などです。

最近、ある尊敬を申し上げている経営者のところによく行きますが、彼の会議室に掲げた企業理念の第一カ条に「言論の自由を保証します」と書いてあります。
あまりにも珍しいからついつい見てしまい、そして考えてしまうのです。

企業を数十倍にも大きくして育ててきた著名な方なので正直、社長の前で幹部や社員は何でも好きなことを自由に言える訳がありませんが、彼ほど自由に話せる雰囲気を作る経営者は少ないと思うのです。

一度中国出張も同行しましたが、物知りでお喋り好きな上海の責任者の方と移動中の車の中でずっと何かを話していました。しかもその内容は古典から逸話まで殆ど仕事と関係がありませんでした。多くの企業では社長が折角現地視察に来たので静かに「ご指導」や「ご指示」を伺うのがマナーです。
それを守らないとその場で怒られなくても以降の印象が悪くなるに決まっています。

この自由な雰囲気の中で働くと人間は前向きになるのです。特にトップが立場の弱い人の自由を本気で守る姿勢はどれほど組織のモチベーションと創造力を引き出すでしょうか。我々人間はお金も立場も名誉も、欲しいものが多いのですが、究極なところはこれらのツールを手にすればより自由に身を振ることが可能だから欲するのです。

企業理念に「言論の自由を保証します」と書くと、たぶんその経営者が社員への呼びかけだけではなく、社長自分への警告でもあるように思えるのです。
嫌なことを言われても決してそれを妨げたり圧力をかけたり評価を落としたりしないように自戒していると思うのです。

企業のみならず、社会というものは常に弱い立場の人が自由に発言できないようになっているのです。自由に発言してもいいのですが、上司から冷遇されたサラリーマンは次第に上司に喜ばれることしか話さなくなります。自由に発言していいですが、新聞社やテレビ局の方針に合わないコメンテーターは自然に使われなくなります。自由に発言していいのですが、やっているうちにお金がどんどん不自由になります。

自由は貴重なものなのです。多くの人は一つの自由ともう一つの自由を交換して生きているのです。お金の自由と言論の自由はどちらがより大切かといえば、殆どの人はお金の自由がより大切でしょう。もし、ある会社ではその言論の自由を無条件に無料で手にすることができるならば、その会社はなかなか世の中にない会社だと思いませんか。

その「言論の自由を保証します」という、憲法にも保証されていながら、実現不可能なことを企業理念にしている経営者は素敵だと思いませんか。

(終わり)

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http://www.soubunshu.com/article/426242359.html
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■2.オプティム菅谷社長の連載「ぼくらの地球規模イノベーション戦略」 第3回

世界を目指して土管からのスタート
菅谷 俊二

前回のメルマガでは、ベンチャー創業以前のお話をさせていただきました。
今回は、ベンチャー創業当時のお話をさせてください。

佐賀大学に入学した私は、一度は、大学受験を辞めてビジネスをやろうと思っていたような人間でしたので、さっさと事業を立ち上げてしまおうと考えていました。当時から佐賀大学は国内の大学でも先進的なインターネット環境が整っていました。しかも、それらが情報処理センターでは自由に解放されていました。

入学当初から情報処理センターに入り浸り、最新のインターネット環境をふんだんに使い倒しました。そこで、情報処理センターでアルバイトをしていた大学院生を巻き込んで、新しいネットサービスを開始しました。
それは「秋葉原仮想電気街」という日本で初めての価格比較サイトでした。
どの商品が各店舗でいくらで売っているかが分かれば素晴らしいと思い始めたのがきっかけで考えたサービスでした。

よし、これはいい!ということで気合を入れて佐賀から準備をし、東京に行き、A4の紙にワードで文字を入れた安価な企画書を作って秋葉原の店舗を回り始めました。
回り始めてすぐに分かったことは、なにせ1996年、日本でインターネット元年と呼ばれた年です。秋葉原の店舗といえども、まだインターネットにホームページをほとんど持っていませんでした。

そこで、価格比較サイトにその店舗のホームページとEC機能を持たせ、店舗からお金をもらうというモデルで「秋葉原仮想電気街」はスタートしました。
営業中は、カプセルホテルを探してしばらく泊まるのですが、まだサービスも始まっておらず、お金がなかったのです。少しばかり貯金していたお金もだんだん無くなっていきます。

ついにお金が勿体なくなり、真冬にも関わらず野宿をしようということになりました。公園で滑り台のようなものの下に横貫通した土管のある遊具を見つけ、その土管の両端を探してきたダンボールで閉じれば温かく寝られるだろうということでそこで寝ようとしていました。そんな思い出もありながらも「秋葉原仮想電気街」を立ち上げていきました。

そして私たち活動をぐっと拡げられる出来事が起きます。それが大前研一先生プロデュースによるビジネスプランコンテスト「第一回ビジネスジャパンオープン」での特別賞(孫正義賞)の受賞です。2000年3月、381件の応募の中から特別賞を頂くことができました。

「ビジネスジャパンオープン」で発表したビジネスプランは、ダウンロードの待ち時間の間にCMをながす「iCM」です。この受賞で勢いがつき、受賞式から2カ月程度、2000年6月に、私は佐賀でオプティムを創業します。オフィスには私一人分の机しかなかったのですが、大きな未来が始まったようで嬉しかったです。

次回、オプティムの変化と倒産の危機のご紹介させていただきます。
(次回、サポートテクノロジーの疾走とオプティム倒産の危機へ)

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2015年9月1日に、弊社オプティムの東証一部への市場変更申請を発表させていただきました!
昨年2014年10月の東証マザーズ上場から東証の規程上最短の1年、2015年10月での東証一部上場目指します!
関連ニュースへのリンク↓
http://news.finance.yahoo.co.jp/detail/20150901-00935031-fisf-stocks
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(つづく)

オプティム ホームページ
http://www.optim.co.jp/
著書:ぼくらの地球規模イノベーション戦略
http://www.amazon.co.jp/dp/4478083754

(終わり)

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