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宋文洲のメールマガジンバックナンバー第276号(2015.05.29)

知らずにトップに嫌われる言葉

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1.知らずにトップに嫌われる言葉(論長論短 No.243)

2.厳しい自然から学ぶリスク感覚

  (福西浩 東北大学名誉教授 連載「南極~フロンティアへの挑戦」 第2回)




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■1.論長論短 No.243



知らずにトップに嫌われる言葉

宋 文洲



出世したい管理職がトップに喜ばれるように話すのは当然です。しかし、問題はその話が本当にトップに喜ばれるかどうかです。良いつもりで発した言葉がトップの気分を害して密かに×印を付けられることも多いのです。



トップのタイプによって嫌われる話し方も異なるのですが、だいたいのトップが共通して嫌う言い方があります。ご紹介しましょう。



1. 私は良いが、部下が・・・

トップは管理職に意見を求めているのに、その管理職が自分の意見を言わず、部下の意見を持ち出すのは大変失礼です。そもそも管理職を与えたのはトップです。言い換えれば部下を与えたのもトップです。社員に話を聞きたいならばトップが管理職に聞く必要はありません。直に聞くのが一番良いに決まっています。



実際、「私は良いが、部下が・・・」で始まる話の殆どは部下の意見ではなく、管理職自身の話です。リスクを感じるから勝手に部下の名義を借りるのです。

そのことをトップはよく知っているので「私は良いが、部下が・・・」と言った瞬間にもう不快に思い始めています。



私がトップを務めていた時、自分が任命した管理職からそんな台詞を聞いてその場で叱りました。「君の話を聞いているのだから、自分の話ができないならば帰ってくれ」と警告しました。



トップを経験すれば分かりますが、このような言い方はまるで部下達を人質にして自分を正当化した上、トップにプレッシャーをかけているように感じるのでやめたほうがいいです。言っている本人にそのつもりがなくても、誤解される危険性が高いのです。誤解されなくても「この人は自分の言葉で語る勇気がない」と思われるのです。

勇気のない部下を好むトップは滅多に居ません。



2. 世間では・・・

私が経営改革を提案した時代には、保守的なお客様から必ず「日本では・・・」と言われました。政治でもなく文化論でもなく、ただ具体的な経営改革の話ですから、自分の視点とロジックで賛成や反対をしてくれればいいのに、頭に「日本では・・・」を持ってくるのは最初から、国籍の壁を使って私の提案を拒否しようとする証拠です。



私が外国人だからこのような言い方をするのでしょうが、相手が日本人ならこれが「世間では・・・」「世の中は・・・」と変わるのです。



長くサラリーマンをやっていると、トップに対して媚を売りながらも、トップの気持ちが分からなくなります。自分の意見を「私が」と主語を入れて伝えるとリスクを感じてしまうため、ついつい「世間では・・・」と一般論として間接的に伝えたかったのでしょうが、トップには「あなたは世間知らず」に聞こえているのです。



トップは仮に少し現場離れしたとしても、もともと現場の重要性を誰よりも分かる人です。痴呆症にでもかかっていない限り、トップは社員なんかよりずっと世間を知っているはずです。言いたいことにリスクを感じるならば、「間違ったらお許しください」と前置きしてもいいですから、とにかく自分を主語にして語るのが一番感じがいいのです。



以降の宋メールで引き続きこのような言葉をリストアップしていきたいと思います。今思い付いただけでも「社員のモチベーションが・・・」、「社長も言いました」、「家族に相談してから・・・」などがあります。

殆ど私自身が嫌う言葉ですから、偏見の可能性が高いです。ただ、目的はトップに好かれるノウハウではなく、経営者の習慣を身に付けてほしいのです。



(終わり)



今回の論長論短へのご意見はこちらへ↓

http://www.soubunshu.com/article/419729551.html

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今までの論長論短はこちら↓

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■2.東北大学 福西浩名誉教授 連載「南極~フロンティアへの挑戦」 第2回



厳しい自然から学ぶリスク感覚

福西 浩



南極の魅力は、人跡未踏の地が至るところにあり、未解明の自然現象や生命現象に溢れていることです。でも過酷な雪と氷の世界ですので、ここでの観測・調査活動は絶えず危険と隣り合わせです。



「探検」と「冒険」は混同されやすい言葉ですが、冒険はあえて危険なことに挑戦する行動に対して、探検は危険を乗り越えて、未知なものを明らかにしようとする行動です。南極は探検時代から科学観測時代に移り変わったと言っても、未踏の地での科学観測・調査には探検的要素が多分にあります。



私が越冬隊長を務めた第26次南極観測隊では2つの大きなプロジェクトがありました。一つはオーロラのロケット観測で、私の専門分野です。もう一つは南極大陸頂上部(ドームと呼ばれる)を探査するプロジェクトです。



南極大陸は全体が厚い氷床に覆われており、氷床の厚さは平均で1860m、内陸中央部は3000mにも達します。この厚い氷の中に地球の過去の空気や火山灰、微粒子(エアロゾル)、花粉などが閉じ込められています。南極大陸は降雪量がきわめて少ないために、3000mの厚さの氷は過去100万年にさかのぼることができる古気候・環境を記録したタイムカプセルになっています。



南極大陸の氷床はゆっくりと流動し、末端は海に押し出されて氷山となります。

でもドーム頂上では氷床の水平流動はほとんどないので、ここで氷床の深層ボーリングを実施すると、深度とともに年代が古くなる理想的な氷床コアを得ることができます。



日本の「南極氷床深層掘削計画」の第一歩として、このドーム頂上を探し出すことが第26次観測隊の使命でした。ドーム頂上探査プロジェクトのリーダーになったのは名古屋大学の上田豊隊員でした。彼は雪氷学者であるだけでなく、未踏の世界第5位の高峰ヤルン・カン(8505m)に初登頂した登山家でもあり、危険を察知する感覚は抜群でした。雪上車による300日、3000キロにも及ぶ探査旅行を成功させ、南緯77度22分、東経39度36分、高度3807mの地点がドーム頂上最高点であることを突き止めました。



しかし越冬当初、このプロジェクトの実施が危ぶまれる事態に直面しました。

それはプロジェクトの第1段階として、昭和基地の隊員と内陸のみずほ基地(昭和基地の北西270キロ、海抜2230m)の隊員の交代を厳冬期前の3月に行う必要がありましたが、ブリザードによって昭和基地のある東オングル島周辺の海氷に亀裂が入り、海水面が急速に拡大し、南極大陸に上陸する地点までの海氷がきわめて危険な状態になったからです。



この事態に上田隊員から、「雪上車が海氷上を走行できる可能性がたとえ1%になっても決して諦めないでください」との要望がありました。私は1ヶ月にわたって何人かの隊員の協力を得て、毎日何時間もかけて海氷状況の偵察を行ってきましたので、最後の最後までチャンスを見逃さない努力をしました。



その結果、3月25日に海のうねりが収まり、雪上車による人員交代に成功しました。その後一週間休みなく吹き続けたブリザードによって、東オングル島周辺の海氷は完全に流れ去り、島は青い海に囲まれた孤島になってしまいました。



この経験から、「フロンティアへの挑戦」では常に危険な状況に遭遇するので、それを乗り越えるためには、「自然から学ぶ」という気持ちで、常に自然の変化を観察し、安全にできることを自分自身の目で確信してから行動に移ることが必須であることを学びました。



リスクというと、「何パーセント安全か」と確率で考えがちですが、隊員の生命を守ることに絶対的な責任がある越冬隊長は、確率ではなく、確信できるリスク感覚を身に付ける必要があることを学びました。



(つづく)



執筆者:福西 浩(東北大学名誉教授)



東京都出身、東京大学理学部卒、同博士課程修了、理学博士。米国ベル研究所研究員、国立極地研究所助教授を経て、東北大学教授として宇宙空間物理学分野の発展に努める。南極観測隊に4度参加し、夏隊長や越冬隊長を務める。

2007年から4年間、日本学術振興会北京センター長として日中学術交流の発展に尽す。2011年から3年間、東北大学総長特命教授として教養教育の改革を推進する。専門は宇宙空間物理学で、主に地球や惑星のオーロラ現象を研究している。現在は、公益財団法人日本極地研究振興会で南極・北極観測の支援と研究成果の普及・教育活動を推進している。



公益財団法人日本極地研究振興会ホームページ:http://kyokuchi.or.jp/



(終わり)



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